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最高裁判所第三小法廷 平成5年(オ)860号 判決 1993年12月17日

上告人

鹿児島リコー株式会社

右代表者代表取締役

久永泰

上告人

岩越保典

右両名訴訟代理人弁護士

藤枝紘一郎

被上告人

日高甚三郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人藤枝紘一郎の上告理由第一の一、二について

土地の一部を譲渡したことによって公路に通じない土地(以下「袋地」という。)を生じた場合には、袋地の所有者は、これを囲繞する土地のうち、土地の譲渡人若しくは譲受人の所有地(以下、これらの囲繞地を「残余地」という。)についてのみ通行権を有するものであることは民法二一三条二項の規定するところであり、同項が、一筆の土地の一部の譲渡に限らず、同一人の所有に属する数筆の土地の一部が譲渡されたことによって袋地が生じた場合にも適用されるべきことは、当裁判所の判例とするところである(最高裁昭和四三年(オ)第一二七五号同四四年一一月一三日第一小法廷判決・裁判集民事九七号二五九頁参照)。この理は、右譲渡が担保権の実行としての競売によるものであっても異なるところはない。そして、右囲繞地通行権は、残余地について特定承継が生じた場合にも消滅するものではなく、その場合、袋地所有者は、同法二一〇条に基づき残余地以外の囲繞地を通行することができるものではないと解するのが相当である(最高裁昭和六一年(オ)第一八一号平成二年一一月二〇日第三小法廷判決・民集四四巻八号一〇三七頁参照)。

これを本件についてみるのに、原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

(一)  訴外有村正二は、一団となっている鹿屋市笠之原町一〇二八番三の土地、その北側に隣接する一〇二八番一の土地及び更にその北側に隣接する一〇二七番一の土地(ただし、右一〇二八番一及び一〇二七番一の各土地は、昭和六三年一二月八日、合筆及び分筆を経て、一〇二七番一及び一〇二七番一二の各土地となった。)を所有していた。

(二)  一〇二八番三の土地は、他の土地に囲繞されて公路に通じない土地であり、一〇二七番一二の土地は、その北側で公道に面している。

(三)  被上告人は、同六二年六月二四日、一〇二八番三の土地を担保権の実行としての競売によって競落し、同年七月二四日その旨の所有権移転登記を経由した。

(四)  他方、上告人岩越保典は、同年一二月二三日、合筆及び分筆前の一〇二七番一及び一〇二八番一の各土地を担保権の実行としての競売によって競落し、同六三年二月一日その旨の所有権移転登記を経由した。

(五)  上告人岩越保典は、平成元年八月二九日上告会社に一〇二七番一二の土地を売り渡し、同月三〇日その旨の所有権移転登記を経由した。

右事実関係の下では、被上告人は、一〇二八番三の土地の競落により、合筆及び分筆前の一〇二七番一及び一〇二八番一の各土地の一部につき民法二一三条二項の規定する囲繞地通行権を取得し、被上告人の取得した右囲繞地通行権は、上告会社が右各土地の合筆及び分筆後の一〇二七番一二の土地を買い受けた後においても消滅するものではないというべきである。右と同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

その余の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官園部逸夫の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官園部逸夫の反対意見は、次のとおりである。

私は、上告理由第一の一、二についての多数意見に賛成することができず、原判決は破棄を免れないと考える。その理由は、次のとおりである。

民法二一三条二項は、残余地が土地の一部譲渡をした当時の所有者の所有に属する限りにおいて、袋地所有者が残余地を無償で通行し得る旨を規定したにとどまり、残余地が当時の所有者から第三者に譲渡されるなどして、その特定承継が生じた場合には、同項の規定する囲繞地通行権は消滅し、同法二一〇条一項の規定する囲繞地通行権を生ずるものと解すべきであって、その理由は、前掲第三小法廷判決における私の反対意見の中で述べたとおりである。

以上と異なる見解の下に、被上告人は、上告人岩越保典が合筆及び分筆前の一〇二七番一及び一〇二八番一の各土地を競落により取得した後においても、右各土地に対する囲繞地通行権を有するとした原審の判断は、民法二一〇条一項、二一三条二項の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は、右の趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上によれば、被上告人が一〇二八番三の土地から公路に至る通行の場所及び方法として、一〇二七番一及び一〇二七番一二の各土地のうち本件各係争部分の土地が、被上告人のために必要で、かつ、囲繞地のため最も損害が少ないものであるかどうかにつき更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すのが相当である。

(裁判長裁判官千種秀夫 裁判官園部逸夫 裁判官佐藤庄市郎 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男)

上告代理人藤枝紘一郎の上告理由

第一 原判決には民法二一三条の解釈・適用を誤った違法があり、これが判決に影響を及ぼすことあきらかであるから破棄せらるべきである。

一 民法二一三条の規定はその文理からも明らかなとおり、土地の分割あるいは一部譲渡により、土地の所有者が、ことさら袋地を生ぜしめた場合に関する規定であるところ、右の場合に該当しない本件の如き場合は、囲繞地の利用状況その他諸般の事情を勘案して、通行権者のために必要にして、且つ囲繞地にとっても損害の最も少ない場所について民法二一〇条、二一一条による有償の通行権を認めるべきである(東京地判昭四〇・一二・一七訟務月報一一―一二―一七五七)。

そうすると、以下の事情からみて袋地所有者たる被上告人は、訴外平嶺所有の一〇二八番九の土地の一部たる次行1に指摘する赤塗色部分を通行すべきこととなる。

1 平成二年一〇月三〇日付被告準備書面添付図面の青塗色部分と赤塗色部分の長さの比はほぼ五対一である(被岩越調書23乃至25)。

2 上告人らの所有地は、上告人鹿児島リコー株式会社がショールームを兼ねた事務所を設ける目的で買ったものであるが(但し、本件訴えが提起されたため、一〇二七番一の土地について右リコーは所有権移転登記をしていない。)、ただでさえ国道に面した部分の間口が狭すぎるきらいがあったところ、原判決が認める、二メートルの通行路が認められることになると、購入目的を達し得ず、買ったことが無意味に帰する(証人重富17乃至21)。現に、購入後三年経った現在においても本件土地は更地のまま置かれている(<書証番号略>)。

他方、上告人が通行を主張する部分(平成二年一〇月三〇日付被告ら準備書面添付図面の赤塗色部分)は畑の片隅であり、この部分の通行を受忍することにより所有主平嶺福恵(<書証番号略>)の被る損害は、上告人リコーの右損害に比べればはるかに小さい。

二 本件のように担保権の実行によって一部が他人所有になったケースは、土地所有者がことさら袋地を生ぜしめた場合に該当しないので、これ又民法二一三条を類推適用すべきでなく、民法二一〇条、二一一条を適用すべきものと考える。

そうすると、前項と同じ理由により、同じ場所(隣地一〇二八番九の赤塗色部分)を被上告人は通行すべきことになる。

なお、原判決は「上告人岩越は一〇二八番三、四の土地が公路に通じない袋地となることを知ることができた」というが、現況報告書や不動産評価鑑定書、物件明細書等の競売一件記録には通行権について一切記載されておらずかつ代価の決定においても一切参酌されていないため(<書証番号略>)、同人は通行権について知り得べくもなかったことが看過されている(岩越調書303132)。

三 一歩譲り、上告人らの所有地内に囲繞地通行権が認められるとしても、<書証番号略>からも明らかなとおり、本件一〇二七番一の土地と本件一〇二八番三の土地との間には高さ約一メートル、巾約12.8メートルの段差(ブロック壁)があり、車輌の通行は不可能である。従って通路は人が通れるだけのスペースたる一メートル巾もあれば充分である。

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